第47回 「電気通信大学の紹介」 (2015/6/6 電通大1年 夏目康平 記)

今回寮通信を担当させていただく電気通信大学情報理工学部情報・通信工学科1年夏目康平です。

私が通う電気通信大学について少し紹介したいと思います。電気通信大学はこの寮から信号と歩道の混み具合によっては自転車で5分で行くことができます。(基本8分くらいはかかりますが)

↓電通大で最も高いと思われる建物最上階の眺め

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私としては設立されたきっかけが面白いと思うのでまとめてみました。

1912年北大西洋でタイタニック号沈没

世界中で海上安全の確保における無線電信の重要性が叫ばれる

さらに国内でも1914年に勃発した第一次世界大戦の影響で、危険海域を航行する船舶が無線電信を必要とする

さらにさらに1915年「海上人命安全条約」が発効し、50名以上搭載の外国航路船は全て無線電信設備が必要になる

通信従事者がいなければ航海出来ないので、無線機製造会社が技術者の養成を始める

しかし、船舶会社は通信従事者の獲得にかなり苦労する

官練無線科卒業者や、安中電機製作所が自社工場内に開設した「帝国無線電信講習会」でとりあえず臨時に対応する

しかし、当時の日本の海運業界は非常に好景気でもっと大勢の技術者が望まれる

電信協会は「帝国無線電信講習会」を継承経営することに決定

海運会社から予想を上回る寄付金

1918年12月8日に前身の社団法人電信協会管理無線電信講習所が創設

以降10数年間、私設無線電信施設への無線通信士の安定供給は、無線電信講習所、通称「目黒無線」の一手にゆだねられる

1931年満州事変後、各方面で無線通信士を多数必要とする情勢となったが、日本唯一の電信協会管理無線電信講習所の通信士養成の拡充も思うように伸びず

太平洋戦争に突入し、次第に通信技術者の計画的教育、配員の必要に迫られる

このような情勢下において国家助成というよりも、むしろ国立の無線電信学校を設立して通信士の養成を図るべきだとの要請が官、民各方面から起こる

1942年、前身の官立無線電信講習所が成立し、通信技術者養成が国家事業になる。なお逓信省の所管であった

※逓信省(ていしんしょう)=かつて日本に存在した郵便や通信を管轄する中央官庁で、現在の総務省、日本郵政(JP)日本電信電話(NTT)は逓信省の後身に相当する。

1945年、中央無線電信講習所と改称

1948年、文部省に移管

1949年、国立学校設置法施行により電気通信大学を設置

という流れになっています。タイタニック号がきっかけというところがミソですね。調べてみると知らないことが多くて面白くなりたくさん書いてしまいました。書き足りないですがこれで終わります。

なお、この文章は目黒会ウェブマガジン 電気通信大学藤沢分校物語~誕生から廃校まで vol.1  http://megurokai.jp/web_magazine/serial001/ を引用しております。

(2015/6/6 電通大1年 夏目康平 記)

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