第32回 Essay (2015/02/14 青山学院大卒 深川圭)

由良寮長にこのエッセイを書いてくれと頼まれ、約半年になります。引っ張りに引っ張って僕が6年の寮生活に終止符を打つその日にこの文章を提出する事になったのは、決して筆不精だからという理由ではなく、僕が何か行動を移すに当たって、その行動の元となる気持ちを僕の中で成熟させなければならないという、元来の生真面目さからという事をご理解していただけたら幸いでございます。

さて、僕たちゆとりの次なる「さとり世代」の寮生諸君にこれを当てる訳ですが、まず、僕の大学時代の経歴を振り返りたいと思います。
僕は高校卒業次、1年間自宅での浪人期間を父親に許してもらい、第一志望の慶應大学経済学部に落ち、青山学院大学経済学部に入学しました。大学1年次にミスター青山学院大、それからモデル活動を続け、4年次からは舞台を中心とした役者業を始めました。卒業後は役者として活動しており、札幌でレギュラー番組をやらせてもらったり、舞台で芝居をさせてもらいながら、現在3年目に至ります。

大学生活において得たものは、生涯付き合っていきたいと思える知己、そして在学時には無限にあるように思えた自由な時間から得ることができた、ブレない考え方です。
寮生活からは、多様な価値観の受容、他人との距離感、上下関係の使い方を学び、そして何よりも心の安定に寮生活は大いに貢献してくれたのではないかと思います。

皆さんはモラトリアムという言葉をご存知でしょうか。「モラトリアムとは、学生など社会に出て一人前の人間となる事を猶予されている状態を指す。心理学者エリク・H・エリクソンによって心理学に導入された概念で、本来は、大人になるために必要で、社会的にも認められた猶予期間を指す。」(※Wikipediaより参照)
僕は自分の長い人生において、現在モラトリアムの中にいます。日本の教育制度は、中高とやる事が全て指定され、みっちり詰め込み教育がされます。そして大学受験に全てを賭け、大学に入学します。大学では今まであれこれ言われ続けていたものが急に無くなり、将来を模索する時間が与えられます。しかし、今まで自分の人生について考える事がなかった僕たちは、その時間を有効に活用する事が出来ずに、あれよあれよと言う間に皆一斉に就職活動の時期に入ります。
これは日本の教育制度ですが、世界を見てみると、アメリカ、ヨーロッパでは、新卒一括採用という概念がありません。
在学期間のどこかで働き口を見つける人、4年間で見つからなければバックパッカーで世界中を放浪する人などと、
十人十色の生き方です。
日本の教育制度が良いか悪いかなどを言うつもりはありませんが、少なくとも、僕には合っていませんでした。大学を卒業して、ようやく世界が広い事を学び、僕たちが生きている時代は、本当に何にも縛られずに、自分の好きな生き方が許される時代なんだということを学びました。
僕の周りの人間で、やりたい事を追い続けているのは本当に数人です。その人たちは毎日死に物狂いで人生を駆け抜けています。常に新しい価値観を追い求め、退屈だ、暇だなどとは決して口にせず、自分の現状に満足することはありません。
それは一見辛い選択かもしれません。でも、これから先、30代、40代と歳を重ねていった時に、どれだけの魅力を放つことが出来るかが楽しみです。

これから大学生活が始まる皆さんもレールの上に乗り続けるも良し、レールから落っこちてみるも良し、目の前に広がった世界を十分に楽しんでください。
そして、僕たちゆとり世代とはまた違った新しい価値観を持って来てくれる事を楽しみに待っています。

長くなりましたが、由良寮長が僕のわがままを聞き入れてくれ、同世代の仲間たちと寮で作った作品で締めくくりたいと思います。

http://youtu.be/bJ99gjWNWZ8
http://youtu.be/bJ99gjWNWZ8

2015/02/14 深川圭

この記事は1末に受け取りましたが、珍しく手持ち記事がたくさんあったので、2/14掲載とさせてもらいました。

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