第29回 会計、寮祭、ダンス (2015/1/25 東大3年 三栖邦康 記)

寮通信ということで、寮に関係することを書こう。寮に関係することと言えば、昨年寮祭というものがあって、私はそこで会計係を勤めた。寮祭が終わってもう1ヶ月以上経っているし、既に実行委員長が記事で取り上げたので、今更その内容についてとやかく書く必要はあるまい。しかし、その必要のないことをやることに対して、私は何ら抵抗感を覚えることがないため、会計係の視点から、私の視点から寮祭を振り返ってみることにしよう。

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会計係といっても、最初は仕事内容がよく分からなかった。物事を計画的に進めていくためには早い目から分かっておいた方が良いだろうが、分からぬまま放置するのは私の悪い癖である(もっとも、その癖を「悪い」と形容することを除いて、それが癖であることの自然に抗おうという気は全く起きないわけだが)。とはいえ、時期が近づいてくると、寮母さんから仕事内容を教えてもらい、また過去の試料も読んで、仕事の大まかな流れをつかんだ。
当日にすぐに集計ができるように、あらかじめエクセルで表を作り、関数を入れた。後は当日に各班からの報告内容を代入して、少し手を加えれば収支表が完成するかとなんとなく思っていたが、考えが甘かった。当日に売り場の配分が変わって2つの班で同じつり銭ボックスを共有することになったり、報告内容と実際数えてみた結果が違ったりと、イレギュラーなことが起こって混乱した。色々と数字が飛び交って、どの数字が信用に値するのか、序列がつけられない状況である。寮祭が終わった後も、雑然とした情報を整理するのに労力を費やした。打ち上げの飲み会でも、数字が頭の中でぐるぐる回り、それだけで酔いそうだった。お金は必要ではあるが、好きにはなれない理由が分かった気がする。
この経験から得られる建設的な知見は、集計の仕方をあらかじめ明確に規定しておくと良いということだ。例えば、各売り場ごとの売上を数えた人と、その結果を書き込む表を作っておけば、集計の流れがわかりやすくて良い。不具合があってもうまく対応しやすいだろう。
ここまで書くと、入寮を選択肢に入れている人の中には、会計係というのは実に面倒な仕事であるという印象を受ける人もいるかもしれない。その通りである。無論、面倒くさい要素があるのは会計係ばかりでない。しかし、それはまた、この寮祭というものが寮生が主体となって運営されているものであるということを意味する。単に面倒くさい仕事で終わらせるか、面倒くささ以上の価値を感じることができるかは、君たち次第だ。

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最後に寮祭全体の感想を述べよう。私の寮祭に対する心持ちは以下のようなものであった。「割り振られた仕事が実行可能で、かつ係としての義務がある以上は寮祭に貢献しよう。それで面倒くさい仕事で終わればいつも通りだ。何も問題ない。ただ今年は(もう去年だが)、ゲストが和歌山から来て、歌を歌ってくれるらしい。少し楽しみだな。」
実際、寮生の何人かがステージに出てきて参加したりもして、歌って踊って、本当にお祭りらしく、楽しい雰囲気であった。
ふと思った。この寮祭自体もまたダンスに似ていると。痛快なダンスとそうでないダンスとの間に何か規則性でもあるのだろうか。そういうようなダンスコードの予期感と、寮祭自体をダンスと見なした、そのダンスコードの予期感とが、自然な連想によって頭の中でつながった。2つのダンスは、形態や時間スケールは違うとはいうものの、上のような漠然とした意味で同一視できるという空想をした。「ダンスコード」という言葉を聞いたことがあるだろうか。私が作った造語であるからおそらく初耳だろう。「ダンスをダンスらしくしているような暗黙知のようなもの」と思えば問題ない。数学において、舞台が強い対称性だとするならば、ダンスはその対称性の上でのダイナミックな数式展開だ。そしてそのダンスコードは、暗黙の発想法だ。なんだか色んな「ダンス」が出てきたが、これらのダンスはダンスコードを通じて同型だろうか・・・・。云々。
ともかくこのように、現実味はないが楽しいことを考えられて良かったと思う。

(2015/1/25 3年 三栖邦康 記)

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